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大阪高等裁判所 昭和26年(う)1420号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

原審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人浪江源治、荒川文六の控訴趣意第一点について。

まず所論は被告人には不法領得の意思がないから横領罪は成立しない旨主張するのである。

しかし横領罪における不法領得の意思というのは、原判決も説明するとおり、他人の物の占有者が委託の任務に背き所有者の権利を排除してその意に反し擅に自己のため抑留したり、所有者でなければできないような処分をしたりする意思をいうのであつて、必ずしも占有者が自己の所有とする意思または利益を得る意思があることを要せず、もとより後日領得物を返還しまたは補顛する意思があつたということは、横領罪の成立を妨げるものではないものと解するのが相当である。

本件において原判決挙示の証拠によると、使用者である関西配電株式会社和歌山支店熊野配電局長仲三郎が和歌山支店長の指示に基き昭和二十五年四月二十二、三日頃におけるストライキの際職場を放棄した時間中の賃金一人当り金二十六円余八十五名分二千二百七十九円を五月分の賃金中から差引いて支払う旨従業員側に通告したのに対し被告人等同配電局従業員をもつて組織する日本電気産業労働組合熊野分会ではこれに反対し同年五月十八日頃から争いが起り、同分会では仲局長を相手に団体交渉を重ねると共に同月二十四日頃迄に組合大会、職場大会、執行委員会において協議した結果、納金スト(集金は通常どおり行うもこれを会社に納金することを停止しこれを使用させぬようにすること)停電スト、職場放棄の闘争方針を決定し、実施の時期及び具体的方法につき被告人を執行委員長とする執行部に一任されるや、被告人等執行委員は同月二十五日頃右熊野分会員であつて熊野配電局営業課勤務集金整理係である中川淳二及び同局新宮営業所員仲叶ならびに同人等を通じ同局内及び同管内各営業所の集金係員等に対し、通常同人等が電気需要者より集金した電気料金等はその都度遅滞なく関西配電株式会社指定の三和銀行新宮支店の右会社の普通預金口座か郵便局の右会社振替口座に振込み納入しなければならないのに拘らず、かかる手続による納入をしないで紀陽銀行新宮支店同支店熊野地詰所または木本郵便局に被告人名義で預金するよう指令し、同人等と共謀のうえ同日頃から同年六月二十日頃迄に同人等は集金した電気料金等で同人等の業務上保管にかかり右会社の所有に帰した現金九百六十二万千四百八十円を同会社の意思に反し、擅に合計百五十二回にわたり原判決添付の横領一覧表のとおり新宮市紀陽銀行新宮支店等において被告人口座に預入させた事実、右納金停止等の指令は秘密裡に前記集金係員等に伝達実施されたものであり、会社側には事前事後に何らの連絡なく漸く六月十四日頃に至り会社側がこれを覚知し、交渉の結果ようやく六月二十日頃にその引渡があつたもので所論のように事前に会社側に通告して行われたものではない事実、及び該争議の中心となつた前争議での職場放棄中の賃金計二千二百七十九円を賃金中から差し引く旨の会社側の通告は、同年六月二日に至り会社責任者において撤回を承認した結果、労働者側の主張が貫徹されていた事実がそれぞれ窺われるのであつて、このような事実関係における被告人名義の右預金所為は前記にいわゆる不法領得の意思実現と解されても致し方ない筋合であり、原判示第一の事実認定もこの趣旨に外ならないものと解せられる。そして論旨援用の大審院判例は村長が村のためにしたことに他ならないがただその手続において当を得ない場合に関するものであつて、使用者の意に反してもつぱら労働者のために抑留したという本件には適切でない。

つぎに所論は本件納金ストは正当な争議権に基ずくもので不法性はないと主張するのである。

しかし前示のとおり被告人は前争議行為における職場放棄中の賃金一人あたり金二十六円余八十五名分二千余円を給料中から控除することに反対するため使用者所有の金銭利用を阻止しようとしその意に反し九百余万円を抑留しこれを引渡さないのみならず被告人名義の預金としたのであつて、右主張貫徹手段として採用した金銭抑留については使用者に与える不利益の程度すなわち抑留限度等に関し当初から何ら顧慮した形跡なく全く無制限であつて、しかも抑留金額、抑留日数の相当部分は使用者の要求屈服後において漫然継続したような事実関係にあり、他に特別の事情の認め得ない限り使用者の負うべき危険及びその失うことあるべき利益と労働者の主張貫徹により得べき利益との間には社会通念上権衡を失すること甚だしいものありというべく、かくのごときは法の期待する労使対等交渉担保のため使用者の犠牲において労働者を保護すべき範囲内とはとうてい認め難いから、右行為は全体として労働組合法第一条第二項に規定する正当な行為の限界を逸脱するものというべく、同条項による保護を受け得ないこと当然である。そして原判決のこの点に関する認定もその趣旨に外ならないものと認むべきであるから本論旨もまたその理由がない。

同第二点について

しかし原判決挙示の証拠によると、原判示労働組合熊野分会執行委員会において執行委員長である被告人は富本次長をみどり荘へ行かせないで直接配電局に拉致することを強硬に主張し反対者を排し決議を成立させついで原判示第二第三のような所為にいでたものであり、原判示スクラムのごときはけつして自然発生的なものというを得ず、統制のもとに行われたきわめて強固なものであつて富本次長が数重の円陣脱出のため懸命の努力を払つたが、とうていその効果のなかつたことが明らかであり、記録を検討しても原判示第二第三の事実が誤認であるとは認められないから、本論旨はその理由がない。

同第三点について

原判決が業務横領の点について、刑法第六十条第六十五条第二百五十三条第二百五十二条第一項を適用しているのは所論のとおりであるが、これと末尾の横領の所為中云々の部分、及び原判示第一事実をくらべてみると、「被告人は原判示労働組合執行委員長であつて電気料金等を占有する身分はないけれども、同分会員でありかかる身分を有する熊野配電局内所属集金係員と犯罪行為を共謀したものであるから、刑法第六十条第六十五条第一項により身分のない被告人も共同正犯となるものであるが、右は同条第二項にいわゆる身分により刑に軽重ある場合にあたるから占有身分のない被告人には同法第二百五十二条第一項の単純横領の刑責を科する。」という趣旨であることが容易に知り得るのであり、所論のごとく理由にくいちがいがあるとか不明瞭の点があるとかいうわけではない。

同第四点について

所論に鑑み訴訟記録を精査してみると原審が被告人を懲役十月に処したのはやや重過ぎると思われるから刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条第四百条但書により原判決を破棄し自判すべきものと認め原判決の認定した事実にその摘示した法律を適用して主文のとおり判決をする。(昭和二七年一〇月九日大阪高等裁判所第一刑事部)

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